ユーロ圏の南北格差問題

期待インフレ率と実質金利の再帰的関係

ユーロ圏には期待インフレ率に差がある国々が混ざり合って存在している。通貨を統合し、共通の中央銀行を持つことで各国に同じ政策金利が適用されるならば、期待インフレ率と実質金利の間に再帰的関係が生まれる。期待インフレ率が高い国ほど低い実質金利によってインフレが強まりやすく、期待インフレ率が低い国ほど高い実質金利によってインフレが強まりにくいため、ユーロ圏の国々の間の期待インフレ率の差は広がる方向に圧力を受け続けることになる。

(各国の経済が好調ならば)北側諸国に比べて南側諸国のインフレ率が高い状態が、構造的に生まれやすく、維持されるようになっているのだ。ドイツに比べてギリシャのインフレ率が高ければ、それはそのまま輸出競争力の差となり、ドイツには貿易黒字が、ギリシャには貿易赤字が蓄積されていく。蓄積された貿易赤字は返済不能な対外債務となり南欧諸国の財政危機を引き起こした。

金融政策を封じられたギリシャ

貿易赤字削減のための第一の方法は自国通貨を減価させることだが、ユーロ圏の金融政策はすべて欧州中央銀行に一任されているため、ギリシャは独自に金融政策を実施することができない。通貨安によって輸出を刺激することができないならば、貿易赤字を削減するためにできることは輸入を減らすしかない。

しかし、輸入を減らすために財政支出の縮小と増税を用いれば国内景気は冷え込んでしまい、対GDP比での債務残高(債務返済能力の指標)を減らすことは難しくなる。緊縮財政にもかかわらずギリシャの対外債務は膨らみ続け、借り換えのための新たな債務の金利は以前よりも高くなる。

財政統合なき通貨統合

こうしてユーロ圏の南北問題は解決しないどころか、悪化の一途をたどっている。南北格差の原因はドイツ人が勤勉で真面目で、ギリシャ人が怠惰だからではない。異なる経済力・発展度合いの国々で通貨を統合するのに必要な条件(インフレ率の差の収束)を満たさないままユーロ導入国を増やしてきたからだ。

経済レベルの異なる国々での通貨統合を前提とするならば、今日のユーロ圏が抱える問題の根本は、通貨を統合しておきながら財政を統合しなかったことにある。ここまで説明したように、経済レベルの異なる国々で通貨を統合することは、相対的に経済が強い国(ドイツ)に有利に、経済が弱い国(ギリシャ)に不利に働く。EU設立によって欧州内部での争いを抑え、ユーロという共通通貨をもって基軸通貨ドルに対抗するという目的は理解できる。ただしそのために通貨統合を急ぐのならば、本来はユーロ導入によって得をしている国から損をしている国に資本の移転があるべきなのだ。通貨統合と財政統合はセットでやらなければならなかった。

経済を理解しない人々に対してこうした状況を説明し、納得してもらうことはほぼ不可能だろう。事情を把握してギリシャへの資金移転に快く応じるドイツの納税者がどれだけいるだろうか。

矛盾を抱えたユーロの末路

ユーロによって構造的に不利益を被る南欧諸国に対して、北側諸国は義務とも言うべき資本移転や債務減免に後ろ向きであり、不況に苦しむ国々に緊縮財政を押し付けている。南欧諸国経済の立て直しに必要な財政支出の拡大は許されず、無理矢理な緊縮財政と引き換えにその場しのぎの債務借り換えが認められ、南欧経済の不況は深刻化していく。

こうした状況の結末は限られている。最も理想的な道は、ユーロ圏の財政統合が進むことだろう。構造的に生まれた不利益は構造的に生まれた利益で相殺するのが筋であるから、ドイツからギリシャやスペインへ資本を適切に移転すればよい。しかし、この道理を理解する人はとても少ないため、今のところ現実的な案とはいえない。

ドイツが資本移転に応じない場合はどうなるのか。残る道は二つである。一つは南欧諸国の国民が高失業率と低賃金に耐え続け、生産コストが十分に低くなることで北側との競争力の差が埋まる道である。これはつまり、南欧諸国の経済水準を落とすことで釣り合いを取るということである。そして、南欧諸国の人々がそうした未来を受け入れずに政治的反発を示す場合は、ユーロ圏からの脱退しか道はないだろう。財政統合をしないなら通貨統合もやめるべきなのだ。